第207回「歴史と人間」研究会

日時: 2012年9月23日(日)14時より
場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
(キャンパス地図6番 http://www.hit-u.ac.jp/annai/campus/index.html
報告: 萩田 翔太郎氏
タイトル: 「快感としてのユーモア――18世紀イギリスにおける笑い諸論」
要旨:
 話は19世紀初頭、イギリスの地方都市ノッティンガムに始まる。歴史上有名な「ラダイト運動」の最中、一地方新聞は研究史的には少し特異な打ちこわしの様子を伝える。一つは監獄への諷刺に満ちた事態、一つはヤギの被り物が登場する事態。
 こうした「カーニバル風のcarnivalesque」あるいは「シャリヴァリ風のcharivalesque」と呼べる事態にぶつかる度に、歴史家は過去の複雑な研究史を想起する。打ちこわし等のいわゆる「民衆暴動」と特定の祝日等の機会にみられるいわゆる「民衆儀礼」との関わりについて、「儀礼」「象徴」「諷刺」「転倒」などの概念を土台として、これまで盛んな議論が交わされてきた。しかし、研究史を追っていると常に一つの疑問が残る。各論者が巧みに使いこなすそれら諸概念は、歴史家が扱うべき時代の文脈にどこまで沿って理解され使われているのか、と。
 本報告は、この疑問を手がかりに、19世紀初頭のイギリスの地方都市の新聞編集者が「ラダイト」なる機械破壊者集団の行為を見聞きして書いた記事、という文脈においてユーモラスな暴動の読み方を考える、ことを目的とする。
 さて、このように史料となる記事の文脈を重視するということは、「民衆文化」それ自体ではなく、「民衆文化」とされるものについて語っているとされる者の“文化”を重視することを意味する。(おそらく)バフチンに始まる民衆文化の研究において、「民衆」は「エリート」「権力者」「貴族」と対立(あるいは交流)する自明な存在として扱われてきた。だが一方で、「民衆」とは社会的上位者との二極化によって社会を語る際の言説であって、「民衆」の振る舞いについて教えてくれる多くの史料においては、実は具体的な民衆について語っているわけではないとも指摘されている。彼らは、彼ら自身の問題意識から紡ぎ出されたその都度の対象について語っている。その対象を(歴史家が経済的にか地域的にか識字など能力的にか定義する)「民衆」に重ねてみるのも、あるいはその発言内容を(歴史家が丁寧に復元してみせた)「民衆文化」と対応させてみるのもいいが、それによって史料それ自体のもつ意味が軽視されてはならない。
 では、それは何なのか、史料は何について語っているのか、と問うとき、暴動などの事件を観察あるいは伝聞し報告している人々の問題意識や論争の次元が焦点になってくる。つまり、18・19世紀の文化史へと足を踏み入れることになる。
 その上で、報告者は、すでに意図的に何度か用いてきた「ユーモラス」という言葉が示唆する“笑い”に注目したい。なぜなら、(おそらく)バフチン以来、笑いは「民衆文化」の核心にあるものの一つとされてきたからであり、しかし一方で、笑いは知識人たちによっても盛んに議論されてきた歴史を持つからである。この研究史と思想史における2つの文脈が交わる所に、冒頭に言及した記事を置いてみたいのだ。
 したがって、報告の構成は、あくまで民衆文化史研究であることを念頭に置きながら、われわれ歴史研究者の民衆文化に対する眼差しそれ自体の来歴を「笑い」に絞って思想史的に紐解いていくことで、記事を書いた者の行為の意味を探るという形となる。
 民衆史の視点を拡げるために文化史を語る、こうした試みには、例えばジェンダー史に手本がある。バーカー=ベンフィールドの『感受性の文化The Culture of Sensibility』(1992年)は、18世紀の文化史について主流だった〈民衆文化vs.エリート文化〉という図式を〈放蕩主義の男性文化vs. “感受性”を掲げる改革主義の男性文化〉という図式へと読み替えている。つまり、事態の焦点となっているのは「男らしさmanliness」をめぐる論争であり、改革者は“感受性”を旗印に「民衆文化の改革」というよりは「男性文化の改革」を行っていたというのだ。なぜなら、“感受性”には男女の違いを超越して人間を完成させる可能性が秘められていたからである。こうした「風俗manners」の改革者の議論は、しかし、ブライソンが『礼儀から礼節へ From Courtesy to Civility』(1998年)でエリアスおよびフーコー双方の修正を念頭に置きながら明言したように、具体的な個人や集団の振る舞いを反映した報告というよりは、むしろ多重に階層化された社会における個人や集団の立ち位置を「風俗」によって象徴的に“自己成型”する行為と見るべきである。したがって、ディッキーが『残酷さと笑いCruelty and Laughter』(2011年)で、実証的に明らかにしたように、感受性が行き届きつつある筈の18世紀後半にあっても、不具者・老人へのいたずらや女性への性的暴力など、チャップブック顔負けの逸話が“冗談”として富裕層に読まれていても、何ら不思議はないのである。史料においてその都度の争点になっているものを、実際に進行していた大きな(しかも一本道の)変化の一場面だと想定することにも、その変化の舞台を「民衆文化」という歴史家の専門用語で語ることにも慎重になるべきなのだ。
 これらの指摘を念頭に、本報告が意図しているのは、ジェンダーの他、セクシャリティー、セクト、ジェネレーション、センスなど、「民衆」(が含意している「クラス」)以外に採用できる視点のリストに、(聞き慣れないが)「リジビリティーrisibility」を加え、笑いという視点を歴史学的に豊かにすることである。笑いをめぐる論争も、個人あるいは社会を記述する言語たりえた――こうした観点から今回の史料の内容と(思想史上の)笑いをめぐる議論を眺めるとき、「民衆文化」なる概念において構築されてきた歴史家の笑い理解には、再考の余地が十分にある、ということが示されるであろう。
 最終的には、笑いについての議論に大きく分けて3つの潮流があることを紹介し、18世紀の民衆儀礼あるいはユーモラスな事態を理解する上で、それらの相互作用を想定することが史料をより深く理解するために必要であることを主張したい。特に、3つの内の一つは近代の社会科学があまり関心を払ってこなかった領域に属するために、殊更の強調をもって提示したい。それは、笑いとはまずもって楽しい経験である、という単純な“感覚”である。そして、この立場を強調することは、18世紀文化史において、変化を記述する際に中心化されがちな“改革”とは異なるトピックを浮かび上がらせることでもある。

* 次回は10月21日(日)、東風谷太一氏によるご報告の予定です。


第206回「歴史と人間」研究会

 日時: 2012年7月28日(土)14時より * 今回は土曜日の開催ですので、ご注意ください。
場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
(キャンパス地図6番 http://www.hit-u.ac.jp/annai/campus/index.html

報告: 中村 晋也氏
タイトル: 「文化財保護制度の発展―明治から昭和の法制を中心に―」

要旨:
 近世以前、現代でいう「文化財」は、天皇家や公家、武家、富裕商人の家財として、または社寺における宗教活動における宝物として、必要に応じて修理・修復を繰り返しながら、後世へと伝承されてきた。しかし、この時点でのそれらの位置づけは「property(財産)」であり、所有者の価値基準や必要性に大きく影響を受けながら保存・継承されてきた。
 一方、現代において文化財保護を語る時、「heritage」という表現をよく耳にするようになってきた。heritageを辞書で引くと、「遺産、先祖伝来のもの」などの訳が見られるが、キーワードとして「未来に残すべき」という言葉が添えられている。つまり、ここでは対象となるものを未来へ伝承するか否かを判断するときに、所有者だけではなく国家や民族単位の公共的な価値基準が加味され、「継承すること」の意味が変化してきた。
 それではいったいこの変化はいつ、何がきっかけで起こったものだろうか?
 我が国における文化財保護制度の発展は、明治以降の近代国家の成立・発展と大きな関係がある。明治維新後の欧化主義や廃仏毀釈の風潮、近代化の進展に伴う国土開発と工業化、世界規模の経済不況、第2次世界大戦による軍国主義と戦後の社会混乱などは、文化財の破壊や衰亡に大きな影響を与えてきた。同時に、この文化財の憂慮すべき危機状態は、当時の政府要人や識者に、それらの保護が急務であることの識認を芽生えさせ、国家的な保護制度制定を模索する背景ともなった。
 本報告では、明治初頭の対策から昭和の文化財保護法成立までの法制発展の歴史を辿り、今後の文化財保護制度の在り方を展望し、課題について言及する。


* 8月の例会はお休みです。次回は9月23日(日)、萩田翔太郎氏によるご報告の予定です。


第205回「歴史と人間」研究会

日時: 2012年6月17日(日)14時より
場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
(キャンパス地図6番 http://www.hit-u.ac.jp/annai/campus/index.html
報告: 櫻井 文子氏
タイトル: 「都市」と探検:エドゥアルト・リュッペルのスーダン調査旅行(1822-27)
要旨:
 危険をかえりみずに前人未踏の秘境に分け入り、そこに見出した未知の動植物や鉱物を収集し持ち帰る自然科学者。持ち帰られる数多く希少な標本。珍奇な風俗や奇怪な動植物の描写。波瀾万丈の冒険をつづるナラティブ。
 近代ヨーロッパの探検旅行家のイメージそのままに、フランクフルトの探検旅行家、エドゥアルト・リュッペル(Eduard Rueppell, 1794-1884)は、アフリカ内地を旅した。1820年代初頭、ムハンマド・アリーによるスーダン侵攻(1820-21)の戦火がいまだくすぶるスーダン奥地を踏査し、持ち帰った数々の標本で、フランクフルトのゼンケンベルク博物館の陳列棚を飾ったのである。
 自然科学的な調査旅行を、歴史研究の中で語る枠組みは限られている。帝国主義的なまなざしで世界を再構成する手段のひとつとして、または各国が政治的・経済的な影響力の及ぶ範囲を拡大する手がかりの一つとして、そしてより直接的には、有用な知識や物品を入手する方策として、調査旅行は読み解かれることが多い。リュッペルの調査旅行もまた、そうした枠組みの中に収まるものとすることができるかもしれない。
 だが一方では、帝国主義というくくりでは回収しきれない要素も、彼の調査旅行には内包される。例えば彼が自分の企ての後ろ盾として選んだのは、ヨーロッパのいずれかの政府やその息がかかった組織ではなく、ムハンマド・アリーの政権だった。また、リュッペルや、彼のフランクフルトの同僚たちが望んだ博物館のあり方もまた、パリやロンドンのケースとは趣を異にするものだった。では、そうした要素をどう読み解くことができるのだろうか? 本報告では、「都市」そして「都市同士の競争意識」という要素を取り入れてみることで、新しい切り口の可能性を探りたい。

*次回は7月28日(土)、中村晋也氏によるご報告の予定です。


第204回「歴史と人間」研究会

日時: 2012年4月29日(日)14時より
場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
報告: 磯部 裕幸氏
タイトル: 熱帯医療と植民地社会―ドイツ領東アフリカ・トーゴ・カメルーンにおける「眠り病」対策
要旨: 本報告では、20世紀初頭アフリカ赤道地域で蔓延した「眠り病(アフリカ・トリパノソーマ)」に対して、ドイツ植民地政府がどのような対策をとったのかについて考察するものである。当時のドイツ領植民地においては、三地域(東アフリカ・トーゴ・カメルーン)がその被害に遭っていたが、行なわれた対策は各植民地で大きく異なっていた。なぜドイツの「眠り病」対策が各植民地で統一されなかったのか、そこにはいかなる政治的、経済的あるいは自然地理的な要因が働いていたのか。本報告ではそうした疑問に答えながら、医学史と、政治史や社会史、経済史といった「普通の歴史」との交流可能性についても議論したいと考えている。
 
* 学会シーズンのため、5月の例会はお休みです。次回は6月17日(日)、櫻井文子氏によるご報告の予定です。

第203回「歴史と人間」研究会

日時: 2012年3月18日(日)14時より
場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
報告: 加藤 鉄三氏
タイトル: シカが町にやってきた?―カリフォルニア・ゴールドラッシュにおける日常生活の中の野生動物と自然賞賛(に関する非実証的考察)―
要旨:
 ゴールドラッシュの真っ只中にあったカリフォルニアのソノラという鉱山町で、1851年の9月のある日、シカが町に駆け込んでくるという出来事があった(らしい)。
 この出来事を記した人物はもっともらしい状況解説を行っており、報告者自身、かつてこれを史料として用いたことがあるのだが、本報告では現代心理学などを援用しつつ、その懐疑的検討をすることから始め、食肉目的の狩りを軸に、野生動物との関係へと話を進める。
 さて、1849年に起こったカリフォルニア・ゴールドラッシュは極めて有名な出来事であり、19世紀半ばまでの出来事としては、(出版)史料も数多いにもかかわらず、日本における詳細な研究は少ない。また、アメリカ環境史研究においても、鉱山開発と環境破壊をめぐる研究、カリフォルニアのゴールドラッシュ期以降の環境史研究が公刊されているものの、概説的言及と断片的言及を除くと、対象は企業的な鉱山開発が主であり、小規模グループが主であった初期ゴールドラッシュは本格的には論じられてこなかった。
 そこで、1848年から50年代前半に焦点を当てて、鉱夫たちの日記・書簡集・回想録、ジャーナリストの記述といった出版史料を軸に、上述の鉱夫と野生動物の関係に加えて、鉱夫たちの自然環境描写を検討する。破壊的な側面については概略としては論じられてきたことであり、想像もしやすいであろうが、白人鉱夫らがその初期から、彼らを取り巻く自然景観を賞賛していたことはほとんど知られていない。そこで、それらの傾向性を指摘し、その背景にあったと考えられる(出版)文化への言及も試みる。但し、文化については、筆者の現在の力量から、予備的考察に留まることを予めお断りしておく。

* 次回の例会は4月29日(日)、磯部裕幸氏によるご報告の予定です。



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