第235回「歴史と人間」研究会

日時: 2015年6月21日(日)14時より

場所: 一橋大学西キャンパス本館特別応接室
(キャンパス地図9番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html

報告: 高林 陽展氏
タイトル: 「ニューロ・ヒストリーとは何か?―「神経学的転回」と歴史叙述の現在―」

要旨:2009年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のサーバーに「ニューロ・ヒストリー」なるウェブサイトが登場した。このホームページの設置者(ないし賛同者)として挙げられた5人の歴史家たちのなかには、フランス革命や文化史の研究で日本でもよく知られたリン・ハントの名前があった。このホームページの内容に従えば、ニューロ・ヒストリーとは、「認知神経科学の洞察から得られた歴史に関するパースペクティブ」であり、「いかに文化的構造が脳-身体システムと相互交流し、形づくられるかを探求する歴史学」である。より具体的に言うと、地域、宗教、人種、性差、職業、その他社会的役割などによって特徴づけられる人口集団の文化的特徴は、脳の特徴という非言語的次元から特定しうるものであり、その知見から一定の歴史的変化を説明することが可能だと主張するものである。一見すると、これまでの歴史叙述理論の展開とはかけ離れた、突拍子もない話にも聞こえる。文化論的転回の先頭に立ってきたハントはなぜニューロ・ヒストリーを主張したのか。そもそも、ニューロ・ヒストリーはなぜ、どのように生みだされてきたのか。歴史叙述理論の歴史においてどのような意味を持つのか。そして、私たちはニューロ・ヒストリーにどのように向き合えばよいのか。本発表では、認知神経科学の展開、科学史・医学史を中心とした歴史叙述理論の展開、ニューロ・ヒストリーの登場とそれに対する批判的視座を順次検討する。そのうえで、近年の日本においてもニューロ・ヒストリーが萌芽しつつあることを確認し、ニューロ・ヒストリーとの向き合い方を論じる。議論を予告的に述べておくならば、ニューロ・ヒストリーの登場によって、歴史家がいま向き合うべき課題は、もはや言語論的転回にはなく、歴史学がネオ・リベラリズムの下で自然科学に基づく普遍主義という新たな「グランド・セオリー」に従属を迫られているという事態である。
 

* 次回は7月11日(土)、高嶋修一氏によるご報告の予定です。


第234回「歴史と人間」研究会

日時: 2015年4月25日(土)14時より *土曜日ですので、ご注意ください。

場所: 一橋大学西キャンパス本館特別応接室
(キャンパス地図9番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html

報告: 森村 敏己氏
タイトル: 「地方アカデミーにおける奢侈批判―ブザンソン・アカデミー懸賞論文(1783年)―」

要旨:
 17世紀半ばから18世紀末までにフランスでは40もの地方アカデミーが設立され、その多くがアカデミー・フランセーズと同様に毎年テーマを発表し、懸賞論文を募っていた。ディジョン・アカデミーでの受賞を契機に、一挙に文壇の寵児となったルソーほどの華々しい成功は稀であったが、懸賞論文に応募し、成功することは無名の著作家たちにとって文芸共和国の一員となり、文名を上げるための登竜門として機能していたことは間違いない。
 そうした中で1782年、ブザンソン・アカデミーは「奢侈は習俗を堕落させ、国家を滅ぼす」というテーマで懸賞論文を募集した。フランスでは1730年代にジャン=フランソワ・ムロンが奢侈を擁護して以来、奢侈論争と呼ばれる激しい議論が続いていた。1780年代といえば、ほとんどの議論は出尽くした感があり、すでに新たな理論的展開は見られないが、それだけに応募作品には半世紀にわたる論争の展開がある意味で凝縮されている。応募者たちはその後、著述家として歴史に名を残すことはなかったが、彼らは18世紀における奢侈論争を十分に吸収していたし、体系的な作品を構築することはなかったにせよ、先行する思想家たちが提示した論点を取り入れながら応募作を書き上げていった。
 本報告では、18世紀後半に奢侈論争がたどった展開を懸賞論文への応募作の中にたどることを通じて、1780年代に奢侈をめぐる議論がどのような様相を呈していたかについてのいわば「見取り図」を提示したい。また、著名な思想家、独創的な理論家ではないものの、単に「読書する公衆」として18世紀の思想運動を受容するにとどまらず、懸賞論文の執筆という形で自らも文芸共和国に積極的に参加しようとした人々の中に、この「見取り図」がどの程度浸透していたのかを探ることにしたい。
 

* 5月は学会シーズンのため、お休みです。次回は6月21日(日)、高林陽展氏によるご報告の予定です。


第233回「歴史と人間」研究会

日時: 2015年3月15日(日)14時より

場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
(キャンパス地図7番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html

報告: 長谷川 貴彦氏
タイトル: 「グローバル時代の歴史学を考える―ポスト転回の位相―」

要旨:
 グローバル時代に求められる歴史叙述とは、どのようなものなのだろうか。多くの歴史家は、現実の動きに翻弄されがちで、その方向性を見定めることは極めて難しくなっている。だが、そうした問いに対するヒントを与えてくれる書物が刊行された。まさに『グローバル時代の歴史叙述』(Writing History in the Global Era, New York : W.W. Norton, 2014)という題名をもつ、リン・ハントの著作である。ハントの背景にあるアメリカ歴史学界は、いわゆる「転回」を牽引して現代歴史学の中心に位置する。ここでの「転回」とは、1970年代以降に生じてきた、言語論的転回、文化論的転回、空間論的転回などの従来の歴史記述に対する再考の動き全体を指すもので、歴史叙述の構築性、文化史の台頭、個人史(主体)の復権、国民国家の相対化など、私たちが目にしてきた現代歴史学の諸主題は、全てこの「転回」の一環と見なすことができる。
 ハントによれば、現代歴史学の状況は、既存の4つパラダイム(マルクス主義、近代化論、アナール学派、アイデンティティ・ポリティクス)を批判してきた文化理論に基づく歴史学(文化論的転回)が活力を喪失しており、有効なパラダイムとしての代案を提示できないままに、トップダウン型のグローバル・ヒストリーだけが「大きな物語」の座を独占することになっているという。これに対して、ハントは「下からの(ボトムアップな)」グローバル・ヒストリーを提唱しており、それは「個人(主体)の復権」という現象とも共鳴するもので、「自己と社会」との関係の再検討が課題として提出される。この「自己」の再定義の試みは、「言語論的転回の最大の成果が個人に対する認識の深化」であり、「認知科学や脳科学こそが、歴史学が協力関係を取り結ぶべき隣接分野」という言明とも共振するものとなる。
 実際、日本の歴史学は、アメリカの知的世界と対話をしながら、独自の歴史認識を形成してきた。かつて丸山真男は、近代化過程における宗教倫理の役割をめぐり、プロテスタンティズムと儒教の差異を強調してロバート・ベラーと論争を行った。最近では、アンドルー・ゴードンが日本と欧米の近代化との同型性を探ろうとしたのに対して、中村政則は質的な差異を強調している。二つの「論争」に共通するのは、「近代」をめぐるアメリカ流の認識と日本の特殊性に立脚する歴史認識との差異である。この報告では、社会史から言語論的転回への史学史上の転換に関するみずからの研究のアウトラインを提示しつつ、アメリカ歴史学の全体像を伝えるハントの著書の批判的検討を通じて、グローバル時代の日本における歴史学のあり方を考える素材を提供したいと思う。
 

* 次回は4月25日(土)、森村敏己氏によるご報告の予定です。


第232回「歴史と人間」研究会

日時: 2015年2月21日(土)14時より *土曜日ですので、ご注意ください。

場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
(キャンパス地図7番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html

報告: 瀬尾 文子氏
タイトル: 「メンデルスゾーン《エリヤ》のドラマ性とは――19世紀オラトリオ論との関係から」

要旨:
 メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn-Bartholdy)の二作目のオラトリオ《エリヤ》(1846年初演)は一般に、前作《パウロ》(1836年初演)がリリックな性格に勝っていたのに対し、ドラマチックな性格が前面に出た作品とされている。本報告は、この作風の変化を19世紀前半に音楽関連の活字メディア上で盛んだった「オラトリオとは何か」の議論と関連づけ、そこから新たな作品解釈の可能性の一つを提案する。
 ドイツ語圏での市民オラトリオ・ブームを受けて「オラトリオ」を定義し直そうとした論者の多くは、その本質を(従来考えられていたように)エポスでもリリシズムでもなく、ドラマに見た。と同時に、オペラとの違い、すなわち視覚的な演出の欠如に着目し、想像力を必要とするこのジャンルの精神レベルの高さを強調した。彼らはオラトリオに、物語世界が聴衆にとっての「現実」となるようなドラマ性を求める。そのため台本には、生き生きとした対話と筋の統一が肝要とされる。ただし、この種のオラトリオには弱点もあった。聖なる存在の具象化の問題である。不完全な人間が神を演じる際の危険をいかに回避しつつ、ドラマの虚構を築くかが大きな課題とされる。
 メンデルスゾーンの《エリヤ》のドラマ性は、こうした論点にいかに対処したものであるか。台本協力者シュープリンクとの往復書簡から、彼独自のドラマ性の概念が浮かび上がってくる。その特徴は第一に、客観的・批判的判断による物語の整合性よりも、間を置かない対話や意見の衝突から生まれるドラマの内的な力を優先した点、第二に、通常はドラマチックとは対置されるリリックな要素をも重視した点である。後者は、オラトリオの教義的な意味を重んじる神学者シュープリンクの意を汲んだ結果であると同時に、メンデルスゾーンの強い芸術的意図を表している。彼が求めた省察的な聖句は、《エリヤ》を貫く――そしてドラマの内的推進力となる――根本主題を成すものだからである。その主題とは「見えざる神の接近」である。この作品では、神は(声を含めて)いっさい具象化されず、「気配」のみが伝えられる。さらにこの主題は、作曲家が構想していた三作目《キリスト》(未完)を予告するものでもあった。
 

* 次回は3月15日(日)、長谷川貴彦氏によるご報告の予定です。


第231回「歴史と人間」研究会

日時: 2015年1月31日(土)14時より *土曜日ですので、ご注意ください。

場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
(キャンパス地図7番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html

報告: 東風谷 太一氏
タイトル: 「近代バイエルンの手工業と営業の自由――『物権的営業権』(Real=Gewerberecht)をめぐる『所有』の問題」

要旨:
 本報告は18世紀後半から19世紀中葉までのドイツ・バイエルン地方を対象として、「営業の自由」導入をめぐる社会的相克を考察する。営業体制の自由化は社会の近代化の重要な指標として同時代から研究の対象となってきた。20世紀も後半に至るまでその過程は、「ツンフト制」に固執する「守旧的・受動的」な手工業者と「啓蒙的・革新的」な政府・官僚の対立を通して、工業化の抗いがたい趨勢のもと後者の掲げる「自由」が貫徹していくさまとして描かれてきた。昨今の中近世手工業研究はしかし、特に前者について、より柔軟な姿勢を持ち政治的にも能動的であったことを実証的に明らかにしつつある。
 こうした成果を踏まえ、本報告ではまずバイエルンにおける営業体制の自由化過程を跡付ける。そこから明らかとなるのは、政府・官僚が拒絶しえないようにその時々の「世論」に寄り添って自らの語りを変容させ自身の利害の正当化に努める手工業親方たちの姿と、特権や職域をめぐる日常的な反目から共通点を見出すことなど不可能に映る彼らを連帯させてしまう奇妙な「物権的営業権」(Real=Gewerberecht)の存在である。
 同時代の人々のみならず数多の先行研究においても「営業の自由」を阻む最大の要因のひとつと見なされながら、いまだに訳語すら一致せず、ときに誰の物なのかを特定することすら困難なこの「物権的営業権」とはいったい何だったのか。本報告では、最終的にこの問いへの答えを探りつつこれまで自明とされてきた「人と物の関係」を相対化する視座を求めたい。それはとりもなおさず近代的な私有制をめぐる問題構成にかかわってくるはずである。
 

* 次回は2月21日(土)、瀬尾文子氏によるご報告の予定です。
* 会員の皆様の一部に配信いたしました例会案内メールで、件名が誤っておりました。正しくは「reki-nin 231」です。訂正してお詫びいたします。


第230回「歴史と人間」研究会シンポジウム

「正確さ」と「迅速さ」の創出をめぐって―標準時と電信・電話網
 

日時: 2014年12月13日(土)14:00〜17:30
* 土曜日の開催となりますので、ご注意ください。
 

場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
(キャンパス地図7番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html
 

プログラム:
趣旨説明(14:00-14:10)
見市 雅俊(中央大学)
 

報告1(14:10-14:50)
石橋 悠人(日本学術振興会特別研究員)
「標準時を共有する社会の生成――19世紀イギリスにおける時間の経験」
 

報告2(14:50-15:30)
石井 香江(同志社大学)
「コミュニケーション革命を職場からみる――19・20世紀ドイツの情報通信技術とジェンダー」
 

休憩(15:30-15:45)
 

コメント1(15:45-16:00)
高嶋 修一(青山学院大学)
 

コメント2(16:00-16:15)
高林 陽展(清泉女子大学)
 

報告者からのリプライ・全体討論(16:15-17:30)
 

司会・進行
森 宜人(一橋大学)
 

忘年会(18:00〜)
 

シンポジウムの趣旨:
 「歴史と人間」研究会は、毎年12月、シンポジウムを開催してまいりました。今年は、科学技術の社会・文化史にかかわるテーマでシンポジウムを企画しました。
 19世紀の後半、欧米を先頭にして標準時が定められ、さらに電信・電話網が整備され、文字通り地球規模で、社会の活動のリズムと情報環境のありようが劇的に変わります。今日のグローバル化された世界の原型を、ここにみることも充分、可能でしょう。
 今回のシンポジウムでは、この大きな変化の「現場」に焦点を絞ることにします。これまでの研究ではあまり注目されることのなかった、標準時の確立とその普及につとめた科学者たち、そして電信と電話のオペレーターたちの奮闘ぶりが明らかにされ、さらに、これらの人びとの営為を通じて利用者の信頼が獲得されてゆく、その過程がつまびらかにされます。科学技術の進歩と私たちの生活・意識の変容とはどう絡み合うのか。さまざまな角度から論じる機会になればと願っております。
 多くの方々のご参加を心からお待ち申し上げます。

 なお、シンポジウムの後は、これも例年通り、同じ会場にて「大忘年会」(会費1,500円)を予定しております。こちらも奮ってご参加ください。とくに年長の方々の「差し入れ」を歓迎します。


第229回「歴史と人間」研究会

日時: 2014年11月15日(土)14時より *土曜日ですので、ご注意ください。

場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
(キャンパス地図7番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html
*今回はいつもの職員集会所ですので、ご注意ください。

報告: 清水 祐美子氏
タイトル: 「『民衆』の矜持と祖国愛の行方―ルイ・ナポレオンに捧げた歌に見る」

要旨:
 1852年の秋、ルイ・ナポレオン大統領(後のナポレオン3世)の肝煎りで、政府主導の全国民謡調査 (1852-1857) が開始された。この調査は、主に小学校教師など教育関係者や地方研究者の協力で行なわれたが、少数ながら、「民衆」の協力者もあった。
 本報告では、「民衆」がルイ・ナポレオンに宛てて送った詩歌や書簡を手がかりに、ルイ・ナポレオンへの支持表明のあり方、ならびに、第二共和政末期〜第二帝政初期にかけての時期における「民衆」の「政治」意識の特徴について考察する。
 

* 第230回「歴史と人間」研究会は12月13日(土)、シンポジウムと恒例の忘年会の予定です。


第228回「歴史と人間」研究会

日時: 2014年10月18日(土)14時より *土曜日ですので、ご注意ください。

場所: 一橋大学西キャンパス本館特別応接室
(キャンパス地図9番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html
*いつもの職員集会所ではございませんので、ご注意ください。

報告: 原田 桃子氏
タイトル: 「イギリスにおける移民政策の展開―1971年移民法の制定過程を中心に―」

要旨:
 本報告では、第二次世界大戦以降のイギリスで展開された移民政策について、特に1971年移民法(the Immigration Act, 1971)の制定過程を取り上げる。
 第二次世界大戦以降のイギリスでは、国内の戦後復興に伴う労働力不足を補うように、様々な国や地域から移民が流入し、多民族社会へとさらに変容することとなった。流入移民の中でも、植民地や新コモンウェルス諸国からの移民は、肌の色や生活習慣の違いから、イギリス社会にとって異質な存在として認識され、「カラード移民(coloured immigrants)」と呼ばれた。そして、彼らに対する人種差別的行為だけでなく、彼らの存在そのものがしばしばイギリス社会の国内問題として取り上げられていた。
 こうした問題に対して、歴代のイギリスの内閣は流入数抑制を目的とした移民政策を展開した。それにより、植民地や新コモンウェルスからの移民は、1948年イギリス国籍法(the British Nationality Act, 1948)が保証していた「母国」イギリスへの自由入国、定住の権利を奪われていった。このようなイギリスの移民政策は人種差別的という批判を受けており、その中でも1971年移民法はその内容から、特に人種差別的だとみなされている。しかし、先行研究においては、1971年移民法のその人種差別的性格が強調されるあまり、なぜそのような法律が制定されたのか、具体的な制定過程があまり解明されてこなかった。
 そこで、本報告では、1971年移民法の制定過程について、エドワード・ヒース保守党内閣での議論から検討する。そして、ヒース内閣が移民問題をどのように認識していたのか、多民族社会にどのように対応しようとしていたのかを解明したい。


* 次回は11月15日(土)、清水祐美子氏によるご報告の予定です。


第227回「歴史と人間」研究会

日時: 2014年9月27日(土)14時より *土曜日ですので、ご注意ください。

場所: 一橋大学西キャンパス本館特別応接室
*いつもの職員集会所ではございませんので、ご注意ください。
(キャンパス地図8番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/

報告: 志田 達彦氏
タイトル: 「『カール大帝かシャルルマーニュか』—ヘルマン・ボーテ(1450/60?-1520?)の世界史記述におけるカール大帝像と帝権移転論—」

要旨:本報告は、後期中世の都市における帝国(imperium / Reich)観念を考察するための一助となることを目指すものである。
 中世の人びとにとって、ローマ帝国ならびに皇帝権は、最も重要な概念の1つであった。帝国が自らの生きる時代にも存在し、そして世界の終末まで存続することを、キリスト教的な歴史観のもとで論じたものが「帝権移転」(translatio imperii)論である。この理論は、天地創造から歴史を語る「世界史」と分かちがたく結び付いている。中世の帝国に生きる歴史家たちは、しばしばこのジャンルのテクストを執筆した。
 中世の帝権移転論では、歴史上4つの世界帝国(Weltreich)が存在し、その第4のものがローマ帝国であり、この帝国と皇帝権は、さまざまな民族に移転され、いまなお受け継がれていると考えられた。西ヨーロッパのヴァージョンでは、800年のフランク王カールの皇帝戴冠によって、東ローマ帝国の皇帝権が西のフランク王国に移転されたとされる。
 さて、次第に「ドイツ人」の支配領域に限定されていく帝国では、東から西への帝権移転をもたらしたカール大帝の位置付けは、微妙な問題であり続けた。中世の「世界史」叙述においては、「ドイツ人」が帝国を担う契機を、フランク人カールの戴冠ではなく、カエサルと「ドイツ人」との同盟にまで遡らせることがあった。また、武勲詩や物語のなかで、カール大帝は「フランス人」であるとされることもしばしばであった。「この皇帝は、ドイツ人であったのか、それともフランス人であったのか—このことをドイツ人は12世紀以降常に問い続けなければならなかったし、実に1935年になってもまだ議論は繰り返され」、「ドイツ史において20世紀にいたるまで、奇妙なほど不安定な位置しか占めることができなかった」(ハインツ・トーマス)という。
 以上の議論を踏まえた上で、本報告では、ハンザ都市ブラウンシュヴァイクのヘルマン・ボーテ(1450/60?-1520?)の世界年代記を取り上げ、ボーテの帝権移転ならびにカール大帝の位置付け、そして彼の「世界史」観においてこれらが持つ意味に迫りたい。
 

* 次回は10月18日(土)、原田桃子氏によるご報告の予定です。


第226回「歴史と人間」研究会

日時: 2014年7月27日(日)14時より

場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
(キャンパス地図6番 http://www.hit-u.ac.jp/annai/campus/index.html

報告: 川喜田 敦子氏
タイトル: 「二〇世紀の戦争と住民移動を考える―引揚げの国際比較のための試論―」

要旨:20世紀には、過酷な条件下での住民移動とそれに伴う暴力行使、ポグロム、大規模殺害、組織的殺害など、特定の民族集団に対する暴力が大規模化しかつ頻発した。その多くは戦争にともなうものである。今回は、そのなかでも領土変更をともなう戦後処理の一環として行なわれた住民移動の例として第二次世界大戦後の東欧からのドイツ系住民の移動を取り上げ、同時期の日本の「引揚げ」との比較を念頭に、移動の決定過程、戦後処理ならびに地域秩序再編との関連、移住ならびに統合をめぐるナラティヴの形成等に注目して論じ、20世紀の住民移動、とくに領土変更にともなう住民移動の国際比較の枠組みを考えるための試論としたい。

* 次回は9月27日(土)、志田達彦氏によるご報告の予定です。



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研究会の概要、これまでの例会

今後の例会

<2018年>
11月17日 田村俊行氏
12月16日 シンポジウム・忘年会
3月    見市雅俊氏

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