「歴史と人間」研究会2018年度シンポジウム(第265回例会)

2018年度 歴史と人間研究会シンポジウム(第265回例会)のお知らせ

 

シンポジウム:ピアノ文化の東西比較

 

日時: 2018年12月16日(日)13時30分〜17時30分

場所: 一橋大学東キャンパス第三研究館3階研究会議室
 (キャンパス地図39番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html

プログラム:
趣旨説明(13:30-13:40)見市雅俊(中央大学名誉教授)

報告1(13:40-14:25)本間千尋(慶應義塾大学準訪問研究員)
「日本の一般の人々によるピアノ文化受容」
 
報告2(14:25-15:10)松本彰(新潟大学名誉教授)
「鍵盤楽器の社会文化史ー「音律の世界史」と西洋近代」
  
コメント(15:10-15:40)小野塚知二(東京大学教授)
休憩(15:40-16:00)
全体討論(16:00-17:30)

 

 「歴史と人間」研究会は、これまで年末にさまざまなテーマでシンポジウムを開催してまいりましたが、今回は、ピアノを取り上げることにしました。

 明治以来、私たちの国は、西洋文明のピンからキリまで輸入してきましたが、振り返ってみれば、それはただの舶来物の移入ということではありませんでした。「創造」的な移入であり、場合によっては「本場」をしのぐ発展をみることもありました。ピアノ文化も、この極東の島国において西洋以上の成熟をみているのかもしれません。最初の報告者、本間氏には、そのような日本におけるピアノ文化の受容と展開についてお話しいただきます。 

 つぎに、西洋音楽史の文脈でみれば、私たちが今日、目にするようなピアノには、実は、長い前史がありました。もう一人の報告者、松本氏には、ピアノ以前の音楽の舞台を煌びやかに彩った、さまざまな鍵盤楽器についてお話しいただきます。そこで提起される重要な観点は、音楽の「合理化」という特殊西洋的な現象であり、マックス・ヴェーバーの音楽社会学における調律(音律)論がご報告のベースとなります。

 このように、ピアノの歴史を辿ることによって、ユーラシア大陸の西端と東端における文化のありようを解き明かし、ひいては、「近代」という時代そのものを問い直す。それが今回のシンポジウムの主要なテーマとなります。多くの方が参加され、活発な議論が交わされることを期待しております。

 

本間千尋「現代日本のピアノ文化」

 18世紀末〜19世紀前期に西欧で登場したピアノ文化は,近代家族の象徴であった.息子や娘の理想的な在り方が求められ,女子教育とピアノが結びつき,子女のピアノ教育熱を煽り立てた.明治期にピアノ文化が移入された日本においても,戦前のピアノ文化は19世紀西欧のそれと類似している.ピアノは日本の良妻賢母教育と直結するものではないが,女子教育振興の過程で普及した.

 しかしながら戦後日本におけるピアノ文化は,戦前とは異なった様相を示した.日本人のライフスタイルが多様化したと言われるように,日本のピアノ文化も多様化した.その契機は高度経済成長期の「ヤマハ音楽教室」と,1980年代以降の「ピティナコンペティション」であり,現在の日本では,西欧以上に成熟した日本特有のピアノ文化が創造されている.加えてそうした背景には複雑に絡み合った階級,家族,教育,ジェンダー等に関する日本社会特有の事情が存在する.そのためこうした文脈においても検討しなければ,日本社会における真の意味でのピアノ文化の様相を明らかにすることは不可能である.言い換えれば,日本社会を考察する一つの切り口がピアノ文化とも言える.ピアノ文化を通して日本社会の特質を垣間見ることが可能なのである.本報告では,戦後日本のピアノ文化に生じた,あるいは現在生じている様々な問題や,ピアノ文化が持つ潜在的な意味を把握し,現代日本のピアノ文化を多側面から考察する.

 

松本彰「鍵盤楽器の社会文化史―「音律の世界史」と西洋近代」

 ヨーロッパでは、ピアノ以前に長い鍵盤楽器音楽の歴史があった。1400年ごろにオルガン、チェンバロ、クラヴィコードという三つの鍵盤楽器が成立し、豊かな伝統を蓄積していた。ピアノは1700年ごろ発明されたが、現在のような鋳鉄の枠にピアノ線と呼ばれる鋼鉄線を張った工場生産された楽器(モダンピアノ)が成立したのは、産業革命による技術革新の後、19世紀半ばだった。

モダンピアノの歴史は150年、ピアノの歴史は300年、鍵盤楽器音楽の歴史は600年ということになる。18世紀は、四種類の鍵盤楽器が「クラヴィーア」とされ、並行して用いられていた「鍵盤楽器音楽の黄金時代」だった。

鍵盤楽器の歴史を考える上で重要な論点の一つは、鍵盤楽器の整律=調律法(音律)の歴史である。マックス・ヴェーバー『音楽社会学』は、その歴史を「西洋に特殊な合理化」として問題にし、詳細な分析を行った。

 20世紀後半には古楽器(オリジナル楽器)による演奏が盛んになり、実際の演奏で歴史的音律が用いられ、「音律の世界史」が問題とされている。

ヨーロッパの長い、多様な鍵盤楽器の歴史、そして古楽器演奏の現在を紹介し、ほぼ100年前のヴェーバーの問題提起の意味を問い、議論の糸口としたい。


 

◇忘年会のご案内◇
シンポジウムの後は、恒例の「大忘年会」となりますが、今年は趣向を変えて、国立ならではのお洒落なお店で催すことにしました。
どうぞ、こちらにも奮ってご参加ください。
時間:18時〜20時 場所:AZ DINING ピッツェリア国立店
会費:3000円(学生2000円)

 

* 次回の例会は3月、見市雅俊氏によるご報告の予定です。詳細が決まり次第、改めてご案内申し上げます。


第264回「歴史と人間」研究会

日時: 2018年11月17日(土)14時より *土曜日ですのでご注意ください。

場所: 一橋大学国立西キャンパス職員集会所
 (キャンパス地図8番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/ campus/campus/index.html

報告: 田村 俊行氏

タイトル: 「19世紀後半イングランドにおけるヴォランタリズムと国家―聖バーソロミュー病院の経営戦略」

 

要旨: 

 本報告は、チャリティ団体である聖バーソロミュー病院を事例に、ヴォランタリズムと国家の関係について検討するものである。「ヴォランタリズム」(voluntar[y]ism)とは、オクスフォード英語辞典によると、国家による強制ではない自発的な行為や原則に依存する仕組みを意味する。福祉国家における非営利民間セクターの重要性を説いたウィリアム・ベヴァリッジは『ヴォランタリ・アクション』の中で、「国家権力を行使する何らかの当局の指示によるものではない」行為と位置づけた。このように、「ヴォランタリズム」という言葉には、国家に対置しうる別の主体性が内包されていることが分かる。
 しかし近年の研究ではむしろ、ヴォランタリズムと国家との関係に関心が寄せられている。ヴィクトリア時代のイギリスは「小さな政府」、すなわち国が果たす役割を最小限に抑える傾向にあった。同時に、国や行政機関はヴォランタリの諸力が織りなす公益の実現に期待を寄せており、またチャリティ団体のほうも、公的な支援や対策の行き届かない領域をカバーするようにヴォランタリズムを展開していた。近年の研究は、こうしたあり方に、補完、依存、さらには浸食といった関係性を見出している(金澤周作『チャリティとイギリス近代』〔京都大学学術出版会、2008年〕、高田実「ヴォランタリな社会としてのヴィクトリア朝―イギリス的自由の歴史的展開―」『ヴィクトリア朝文化研究』〔第12号、2014年、28〜36頁〕)。同時代のヴォランタリズムを捉えようとするとき、国家とどのような関係を取り結んでいたのかがひとつの重要な視座となっているのである。
 こうした問題関心にもとづき、本報告はケント州メドウェイ川沿いの町ロチェスターを拠点に活動した聖バーソロミュー病院を具体例として取りあげる。その際に着目するのは、病院敷地内に設置された性病棟である。性病患者用の病棟を併設していること自体当時のチャリティ病院としては珍しいことであるのだが、本報告がとくに関心を寄せるのは、この性病棟が、1863年から1870年までのあいだ陸軍省に貸し出されており、軍の性病対策として活用されていたという点である。この、性病棟によって結ばれるチャリティ病院と国家とのあいだにあった関係とはどのようなものだったのか。また、そもそもなぜ1863年から1870年という期間に貸借がおこなわれたのか。
 以上のことを明らかにするために、本報告では、病院関係者と軍関係者とのあいだで交わされていた書簡や病院の財務記録を主な史料として利用する。そしてその検討から、単純な相互依存関係には収まらない、国家とヴォランタリズムのあいだで巧みに立ち回るチャリティ病院の姿を指摘したい。

 

* 次回は12月16日(日)、鍵盤楽器・ピアノの歴史に関するシンポジウムを開催します。 

  本間千尋氏、松本彰氏、小野塚知二氏に御登壇頂きます。詳細が決まり次第、ご案内申し上げます。

  シンポジウム後には忘年会を行います。ぜひご参加ください。


第263回「歴史と人間」研究会

日時: 2018年10月27日(土)14時より *土曜日ですのでご注意ください。

場所: 一橋大学国立東キャンパス第3研究館3階共用会議室 ※通常とは異なりますのでご注意ください。
 (キャンパス地図39番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/ campus/campus/index.html

報告: 東風谷 太一氏

タイトル: 「ビールによって生きること――19世紀前半ミュンヒェンの醸造業と民衆」

 

要旨: 

 本報告は、1844年にバイエルン王国の王都ミュンヒェンで起きた「ビール騒擾」の背景を考察する。先行研究ではこの事件は、「18世紀イギリスの食糧暴動のような、『公正な価格』をめぐる前工業化時代の民衆蜂起」の一種と位置づけられてきた (W. Behringer, Die Spaten-Brauerei, 1397-1997. Die Geschichte eines Münchner Unternehmers vom Mittelalter bis zur Gegenwart, München 1997, p.176)。
確かにドイツ地域の19世紀前半とは「大衆的貧窮」と呼ばれる経済不況の中、各地で食糧騒擾が頻発した時期である。そして、バイエルンに限らずともビールは広範な社会階層の人々から「食糧」と受け止められており、事件の前後にミュンヒェンではビール価格が大幅に上昇していたことも確認できる。ところが、あらためて事件を整理してみると、群衆がビール醸造所ばかりを集中的に襲撃したという選択性の要因が明らかにされていないことがわかる。
当時価格が高騰していたのはパンや穀物も同様だったのにパン屋や穀物商はほとんど騒擾の標的とはならず、他方、醸造所同様にビールを扱う酒場についても、ほぼ被害を蒙らなかったのはなぜか。パン同様にビールも価格公定制度の対象であり、ビール価格を一切操作しえなかったという点では酒場も醸造所も変わらなかった――しかも酒場の方がビールを高く販売していたにもかかわらず、醸造所だけが過激な破壊行為の対象となったのはなぜか。本報告ではこうした問いに、都市においてビールを飲むことの意味とビールを造ることの意味というふたつの側面からの考察を通じて応答を試みる。そこから見えてくるのは、近代私有制と市場経済の浸透に伴う都市・醸造業・民衆三者間の社会文化的関係性の具体的な変容過程である。用いる史料は、主にバイエルン王国内務省の警察・裁判資料、ミュンヒェンの営業関係資料および同時代新聞等とする。

 

* 次回は11月17日(土)、田村俊行氏によるご報告の予定です。詳細が決まり次第、改めてご案内申し上げます。


第262回「歴史と人間」研究会

日時: 2018年9月22日(土)14時より *土曜日ですのでご注意ください。

場所: 一橋大学国立西キャンパス職員集会所
 (キャンパス地図8番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/ campus/campus/index.html

報告: 大和久 悌一郎氏

タイトル: 「労働・生理学・戦時動員—H.M.ヴァーノンの見た第一次大戦期のイギリス」

 

要旨: 

 H.M.ヴァーノンは1870年に生まれた医師、生理学者で、1889年にはオックスフォード大学のフェローとして海洋生物の研究を専門としていたが、第一次世界大戦がはじまって翌年の1915年の夏休みに軍需工場での志願労働に従事したさい、そこでの長時間労働制の体験から当時の工場労働のあり方に疑問を抱き、以後、ヴァーノンは工場労働における疲労と身体健康維持にかんする研究に着手、軍需省労働者健康委員会に参加して政策提言などの報告書を複数作成した。その実績を買われて戦後においてヴァーノンは、さらに再建省での労働問題にかんする研究を指揮しており、そこでの成果はイギリスにおける労働生理学の基礎として知られることとなった。
 本報告は、こうしたヴァーノンの活動について、とくにこれまでほとんど注目されることのなかった第一次大戦期の軍需省での活動について検討し、またそれを通してイギリスにおける大戦期の動員体制の性格についての議論を試みるものである。

 本報告の関心は、第一次大戦期のイギリスをめぐる研究、とりわけ銃後の労働をめぐる社会史の研究にもとづいている。社会史では1960年代にA.マーウィックやA.J.P.テイラーらによる総力戦体制の検討から始められ、80年代にはウィンターらによるジェンダー及び医学・医療史の観点からの検討も進み、さらに2000年代以降は産業医療や労働者間の共同体意識を問う「作業の社会史」へと対象を広げてきた。そこでは労働希釈による女性の社会進出や経済上昇の一方で、軍需品の大量生産のための生産体制の転換や、また近年では、事故や薬品中毒など作業面での身体への悪影響も取り上げられるなど、社会のみならず産業経済から個々人の身体面まで戦争の影響が見られたことが指摘されている。
 本報告もまたそうした関心に沿うものであり、ヴァーノンの残した報告書から、戦時下における労働の状態について、また政府による介入の形態とその影響について見ていきたい。とりわけヴァーノンはすでにふれたように生理学者であり、その報告書には、疲労と生産量の相関にかんする2年間以上にわたる詳細な統計調査など、軍需工場労働者の身体面に関する生理学的な関心からの検討が含まれている。一方で政策提言としては労働管理法として、いわゆる「科学的管理」の積極的な援用も試みており、実際、大戦期のイギリスは当時アメリカで勃興していたテイラー主義の導入について、その導入の是非がB.S.ラウントリらによって積極的に議論されていた時期にあたり、ヴァーノンもまたそうした労務管理の理想的な導入を模索していた。他方、その内容では、戦時下の動員について長時間労働による疲労の状況や、作業中に頻発する非熟練労働者の負傷について、また労働力の流入により都市内に発生した混雑状況など、生活面を含む調査報告書を残しており、動員によって急速に変化した労働の状況をそこに見ることができる。いわばその報告書は、戦時下での劣悪な状態を目撃しながらも理想的な管理法を素描しようとした、この生理学者の見た現実と理想の記録にほかならない。

 本報告はこうした戦時下におけるヴァーノンの活動について、まずその経歴を見たのち、軍需省での報告書を主な史料として、戦時下の労働者の身体的状況および生活状況について、ついで、そこに提示された労務管理論を検討し、それを通じて、第一次世界大戦期イギリスの労働の状況と、戦時動員体制の性格を論じていきたい。

 

 

* 次回は10月27日(土)、東風谷太一氏によるご報告の予定です。詳細が決まり次第、改めてご案内申し上げます。


第261回「歴史と人間」研究会

日時: 2018年7月7日(土)14時より *土曜日ですのでご注意ください。

場所: 一橋大学国立西キャンパス職員集会所
 (キャンパス地図8番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/ campus/campus/index.html

報告: 本間 千尋氏

タイトル: 「日本のピアノ文化 創造の軌跡」

 

要旨:

 明治期に日本に移入された西欧モダンのピアノ文化は,戦後はライフスタイルの都市化に伴い普及し,我々は自国の伝統楽器よりも,西欧の楽器であるピアノの方に親しみを感じる.また現在の日本では,ピアノ文化の経験者や国際コンクールの参加者は本場西欧を凌ぐ程になり,日本におけるピアノ文化は成熟期を迎えていると言えるだろう.このように戦後日本の都市化と不可分の関係にあり,多くの人々が趣味やレッスンで経験するようになったピアノ文化であるが,戦後日本のピアノ文化に関する研究は「大衆化」というこ とばで一括りにされがちである. 
 ピアノ文化は西欧社会では階級文化であり,日本でも戦前は西欧と同様に,階層構造と結び付いた文化資本とされてきた.しかしながら戦後日本のピアノ文化は日本的なシステムの中で受容され,人々のライフスタイルに大きな影響を与えた.戦後70年を経た今,ピアノ文化は都市部に限らず日本全国に浸透し,日本社会においてピアノ文化が持つ意味合いは大きく変化したと考えられる.その背景として日本社会特有の,ピアノ文化の受容とピアノ文化に対する意識が潜んでいることが予想される.こうした問題を明らかにするためには,現在までのピアノ文化の受容を歴史的,社会学的に分析し,日本社会においてピア ノ文化が果たした役割と機能について考察することが不可欠である
 日本のピアノ文化は,西欧モダンのピアノ文化を単に受け継いで来ただけではない.明治期に移入した西欧モダンのピアノ文化に新機軸を打ち出し,日本独自のピアノ文化を創造したのである.本報告では,日本社会におけるピアノ文化の受容を,歴史社会学的な視座に立ち,その社会的意味を問い直し,それを踏まえて日本におけるピアノ文化の受容を明らかにしたい.

 

 

* 次回は9月22日(土)、大和久悌一郎氏によるご報告の予定です。詳細が決まり次第、改めてご案内申し上げます。


第260回「歴史と人間」研究会

日時: 2018年6月9日(土)14時より *土曜日ですのでご注意ください。

場所: 一橋大学国立東キャンパス第3研究館3階共用会議室 ※通常とは異なりますのでご注意ください。
 (キャンパス地図39番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/ campus/campus/index.html

報告: 橋詰 かすみ氏

タイトル: 「ジュネーヴ共和国の政治論争とルソーの表象―18世紀中葉の刊行物・書簡から」

 

要旨:

 ジャン=ジャック・ルソーの二著作『エミール』『社会契約論』は1762年6月、祖国ジュネーヴ共和国で焚書処分されるが、それによって内部の政治対立が顕在化することになった。本報告はこの「ルソー事件」に着目し、ルソーの表象という観点から当時の論争を明らかにすることを目的とする。

 1762年のジュネーヴは表面上平穏だったが、直接民主制の問題を巡る火種は燻っていた。17世紀末から名門家出身者が寡頭政を敷いていることに対して、政治参加の機会を奪われたその他の住民たちは不満を抱いていたのである。そして「ルソー事件」は新たな政治動乱の引き金となった。当局によるルソーへの宣告から一年後、一部のジュネーヴ人たちは異議申立書を政府に提出するが、政府は拒絶の姿勢を貫き、対立はさらに深まっていく。最終的にはチューリッヒとベルン、フランスが介入し、1768年3月に騒動は鎮圧された。

 このような状況下、ジュネーヴ人たちの政治的言説の中で、ルソーの著作、並びにルソーの存在そのものはいかなる役割を果たしたのか。当該時期のパンフレットと書簡を主な一次史料として、この問いを検討したい。

 

* 次回は7月7日(土)、本間千尋氏によるご報告の予定です。詳細が決まり次第、改めてご案内申し上げます。


第259回「歴史と人間」研究会

日時: 2018年4月28日(土)14時より *土曜日ですのでご注意ください。

場所: 一橋大学国立東キャンパス第3研究館3階共用会議室 ※通常とは異なりますのでご注意ください。
 (キャンパス地図39番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html

 

合評会

キース・ブリッケンリッジ『生体認証国家―グローバルな監視政治と南アフリカの近現代』堀内隆行訳、岩波書店、2017年。
岩波書店の紹介サイト(https://www.iwanami.co.jp/book/b308215.html


内容紹介・リプライ:堀内隆行氏

コメント:高野麻子氏


訳者の堀内氏より著作の概要をご報告頂いたうえで、高野氏(著書『指紋と近代』みすず書房、2017年)よりコメントを頂戴します。

その後、全体での討論といたします。

 

* 次回は6月9日(土)、橋詰かすみ氏によるご報告の予定です。詳細が決まり次第、改めてご案内申し上げます。


第258回「歴史と人間」研究会

日時: 2018年3月17日(土)14時より *土曜日ですのでご注意ください。

場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
 (キャンパス地図8番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html

合評会

森宜人・石井健(編著)『地域と歴史学―その担い手と実践―』晃洋書房、2017年。
晃洋書房の紹介サイト(http://www.koyoshobo.co.jp/book/b341483.html


コメンテーター
馬場哲(東京大学)、森村敏己(一橋大学)

『地域と歴史学』の概要
歴史学の通奏低音をなす地域史研究。そのあり方を、地域史研究をはぐくむ土壌となった社会的環境、歴史記述における地域像・地域概念の創造過程、そして方法論としての地域史の確立に寄与した歴史家に光をあてつつ、西洋史学の視座より史学史的に問い直す(本書帯文より)。

『地域と歴史学』の目次
序 地域と歴史学(森宜人・石井健)
第I部 地域史の担い手

第1章 一九世紀後半イギリスの郷土史研究と学術協会――レスタシア建築学考古学協会の場合――(石井健)
第2章 諸身分から市民の手に――下オーストリアにおける地域史研究の歴史―(岩周一)
第3章  地域史研究の担い手としての文書館・歴史協会――一九二〇年代ゾーリンゲンの事例――(永山のどか)
第4章  失われた文書を求めて――ハンガリーのノーグラード県文書館にない文書について――(渡邊昭子)
第II部  地域の創造
第5章  一八世紀パリにおける街区の把握と可視化――ポリス文書の分析から――(松本礼子)
第6章  史料編纂と歴史記述――一九世紀半ばドイツにおける都市年代記編纂――(志田達彦)
第7章  地域概念と探検・科学・人種論――オセアニアにおける地域区分の創造――(石橋悠人)
第III部  地域の史学史
第8章  「特殊ヨーロッパ的なるもの」から地域主義へ――増田四郎の地域史構想――(森宜人)
第9章   世界史とは何か――上原専禄の世界史像と地域概念――(土肥恒之)

 

* 次回は4月28日(土)、堀内隆行氏・高野麻子氏によるご報告の予定です。詳細が決まり次第、改めてご案内申し上げます。


「歴史と人間」研究会2017年度シンポジウム(第257回例会)

2017年度 歴史と人間研究会シンポジウム(第257回例会)のお知らせ

 

シンポジウム:編集サイドからみた日本の学術研究の変容

 

日時: 2017年12月17日(日)14時〜17時45分

場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
 (キャンパス地図8番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html

プログラム:
趣旨説明(14:00-14:10)
見市雅俊(中央大学名誉教授)

報告(14:10-15:10)
勝康裕(フリーエディター)
       
休憩(15:10-15:30)
コメント(15:30-16:30)
高林陽展(立教大学准教授)  
石橋聖名(岩波書店編集部)
斎藤修(一橋大学名誉教授)
全体討論(16:30-17:45)
忘年会(18:00-)
「歴史と人間」研究会では、今年も恒例のシンポジウムを催すことになりました。
今年のシンポジウムは、20世紀末から今日まで編集者として幾多のすぐれた学術書の誕生にかかわり、いまや「レジェンド」となりつつある勝康裕氏をお招きして、日本の学術研究の大きな変容を編集サイドからどのようにみていたのか、また氏自身はそれとどのように関わってきたのかなどについて話していただきます。
編集サイドの方がこのようなかたちで話すというのは、あまり例がないことではないでしょうか。
興味深いお話しをうかがえるものと期待しております。

コメンテーターも、それにふさわしい方々にお願いしました。報告順にご紹介します。
まず、ごく最近、勝氏の編集で研究書を上梓されたばかりの高林陽展氏。
つぎに、同じ編集者として、勝氏の仕事をみてきた石橋聖名氏。
最後に、社会経済史学の重鎮であり、勝氏とも深い関わりのある斎藤修氏。

研究会になかなかお越しになれない方々も、是非ご参加ください。心よりお待ち申し上げます。
また、例年どおり、シンポジウム終了後は、同じ会場にて「大」忘年会を予定しております。
こちらも奮ってご参加ください。会費は1500円、(とくに年長者の)現物差し入れ大歓迎です。

 

* 次回の例会は3月に開催予定です。詳細が決まり次第、改めてご案内申し上げます。


第256回「歴史と人間」研究会

日時: 2017年10月28日(土)14時より *土曜日ですのでご注意ください。

場所: 一橋大学西キャンパス本館特別応接室
 (キャンパス地図10番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html

報告: 安藤 香織氏

タイトル: 「第二帝政期ドイツの教育をめぐる連邦主義と中央集権化」

 

要旨:
  1871年1月、敵国フランスのベルサイユ宮殿でドイツ帝国の成立が宣言され、「ドイツ国民」の悲願であった「ドイツ」統一が達成された。プロイセン王国やバイエルン王国といった22邦国と3自由都市から成るドイツ帝国は、外交上の権限を構成国より委ねられていた一方、内政問題については統一前と変わらずに各邦の主権を認めていた。とりわけ教育に関しては、今日に至るまで連邦に文部省の様な中央官庁が置かれていないことからも地方分権を象徴する最たる例と考えられており、帝国直轄地や植民地支配と言った問題を除いて帝国の教育政策や帝国と諸邦の教育における連携と言った問題は取り上げられることが無かった。

 この様な帝国における状況とは対照的に、各邦における教育史研究は既に数多く存在している。1980年代以降地域史料を用いた実証主義的な研究が実り多い成果を上げ続けた結果、地域史色の強いものとなり、特にプロイセンの場合、邦の下に独自の権限をもつ州といった行政区分を抱えていたため更に問題は細分化されていき、州や都市、地域に限定された議論を深めていくことになった。

 しかし果たして本当に帝国のレベルで教育への興味は無かったのだろうかというのが報告者の疑問である。本発表ではプロイセンと帝国の教育政策を改めて概観した上で帝国と教育の関係に注目し、「帝国学校委員会」(1868年に設立された北ドイツ連邦学校委員会を前身とし帝国末まで存続)やいくつかの例を通し帝国もある程度の教育への要求があったことを指摘し、またその限界について論じたい。帝国の範囲を含め、第二帝政期ドイツ教育の大きな骨組みを浮かび上がらせるための試みでもある。
 

 

* 次回は12月17日、シンポジウムの予定です。詳細が決まり次第、改めてご案内申し上げます。



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とは?

研究会の概要、これまでの例会

今後の例会

<2018年>
11月17日 田村俊行氏
12月16日 シンポジウム・忘年会
3月    見市雅俊氏

出版記録

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