第241回「歴史と人間」研究会

日時: 2016年1月31日(日)14時より

場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
 (キャンパス地図8番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html

報告: 加藤 鉄三氏

タイトル: 「How to dismantle an Atomic Park(アトミックパーク解体新書):カリフォルニア州ボデガ湾地区における原子力発電所反対運動とその後先、1958年〜1964年」

要旨:
 本報告の対象であるカリフォルニア州ソノマ郡ボデガ湾(Bodega Harbor)地区における反原子力発電所運動は、以下の点で際立っている。何よりもアメリカ[合衆国]で最初に成功した原子力発電所反対運動であり(尚、核エネルギーの平和利用に対する反対運動としては、同時期に起こったアラスカが先に成功)、おそらく実用炉としては世界史上最初に成功した原子力発電所反対運動であることだ。
 加えて、この運動はその担い手たちに覚醒効果を持ったことが挙げられる。道は分かたれ、時に対立関係になることはあれども、活動家であり続けた人々がおり、後にカリフォルニア大学バークレー校の教授になった女性もいた。更に電力会社の夢の跡はその後カリフォルニア州の州立公園システムに包摂されており、半世紀強を経た今日でもピンポイントで示すことができる。そこで本報告では担い手たちのその後にも一定の焦点を当てる。
 日本では知名度の低いこの運動であるが、先行研究は存在しており、1990年代に原子力政策史とカリフォルニア州の反原子力発電所運動史の観点から優れた研究がある。また2001年にもイギリスのアメリカ史・環境史研究者ウィリスが論文を発表しており、さらに最近、この運動をローカルなレベルで支えた1人であるビル・コータム氏の活動を描いた小著が出版されている。本報告ではこれらに大枠としては準拠しつつ議論を行う。
 この運動の特徴は大別して2つの局面からなり、原子力発電所反対運動として始まらなかったことにある。論争の起点となった1958年当初、パシフィック・ガス・アンド・エレクトリック(以下、PG&E)社は原子力発電所を選択肢の一つとしてのみ提示しており、この時点ではアメリカ国内に稼働中の実用炉は1基もなかった。そのような状況下、少数の地区住民に自然保護団体シエラ・クラブが、地権者の女性に招請される形で運動が始まった。同クラブの中心論拠は同地がカリフォルニア州の州立公園候補地であるというものであったが、ほぼ当初から、状況証拠から原子力発電所であると踏んで、独自の調査を行っていた知識人がいた。ソノマ郡在住の海洋生物学者J・ヘッジパスである。先ず、既存の論争史や運動史ではやや軽視されがちな州立公園システムの問題とヘッジパスの活動に焦点を当てる。
 第2局面として、1961年の原子力委員会(Atomic Energy Commission)による公示後、特に1962年にPG&E社が原子炉の安全性に関する報告書を発表して以降、科学者らの協力を得ながら原子力発電所反対運動が展開された。そして1964年10月30日、PG&E社が中止を発表することで終結した。この間、シエラ・クラブには従来の自然保護の議論に拘り、自然保護と(原子力)発電所建設の関係にも煮え切らなさがあったと指摘されているが、全員がそうであったわけではない。若手メンバーであったD・ペソネンは見切りつけて現地市民サイドの表の顔役となり、トイヤベ支部(拠点はネヴァダの州都リノ)の中心人物R・シルは総論としてペソネンに賛成しつつ、ソノマの郡庁所在地サンタローザを訪れて、原子炉立地判断の困難さを語っていた。ここではシルが残した資料などを参照にして、論争直後に至るシエラ・クラブの原子力発電所−自然保護区関係の認識を再確認したい。
 他方、市民サイドで反対運動の中核をなした人物として、前述ヘッジパスとペソネンを含む、8人の男女市民が知られているが(本報告では彼女ら/彼らをFab Eightと呼ぶことにする)、資料の残存度・開示度にはバラつきがあり、2015年夏の時点で公開されていたのはヘッジパスとペソネンの2人だけであった。
 そこで地域の活動家の在り方を考える一助として、昨年(2015年)8月に齢100にしてこの世を去ったひとりの女性を紹介する。彼女はFab Eightのような中心にいた人物ではなかった(ようである)が、彼女の残した文書からは、会報や新聞記事などを受け身に受容するだけではなかった姿がうかがえる。そして前述のコータムが60年代末に海岸線保全運動COAASTを立ち上げたとき、結成メンバーに名を連ね、相応に重要な役割を果たしており、同運動は1970年代初頭にメンドシノ郡で原子力発電所計画が持ち上がった時、反対運動を展開している。
 本報告は「中間報告」的性格のものであるが、流行りものの1960年代論とは趣を異にする、アメリカ最初の原子力発電所反対運動の姿を示すことができるのではないかと考えている。
 

* 次回は2月20日(土)増田都希氏による報告の予定です。



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