第205回「歴史と人間」研究会

日時: 2012年6月17日(日)14時より
場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
(キャンパス地図6番 http://www.hit-u.ac.jp/annai/campus/index.html
報告: 櫻井 文子氏
タイトル: 「都市」と探検:エドゥアルト・リュッペルのスーダン調査旅行(1822-27)
要旨:
 危険をかえりみずに前人未踏の秘境に分け入り、そこに見出した未知の動植物や鉱物を収集し持ち帰る自然科学者。持ち帰られる数多く希少な標本。珍奇な風俗や奇怪な動植物の描写。波瀾万丈の冒険をつづるナラティブ。
 近代ヨーロッパの探検旅行家のイメージそのままに、フランクフルトの探検旅行家、エドゥアルト・リュッペル(Eduard Rueppell, 1794-1884)は、アフリカ内地を旅した。1820年代初頭、ムハンマド・アリーによるスーダン侵攻(1820-21)の戦火がいまだくすぶるスーダン奥地を踏査し、持ち帰った数々の標本で、フランクフルトのゼンケンベルク博物館の陳列棚を飾ったのである。
 自然科学的な調査旅行を、歴史研究の中で語る枠組みは限られている。帝国主義的なまなざしで世界を再構成する手段のひとつとして、または各国が政治的・経済的な影響力の及ぶ範囲を拡大する手がかりの一つとして、そしてより直接的には、有用な知識や物品を入手する方策として、調査旅行は読み解かれることが多い。リュッペルの調査旅行もまた、そうした枠組みの中に収まるものとすることができるかもしれない。
 だが一方では、帝国主義というくくりでは回収しきれない要素も、彼の調査旅行には内包される。例えば彼が自分の企ての後ろ盾として選んだのは、ヨーロッパのいずれかの政府やその息がかかった組織ではなく、ムハンマド・アリーの政権だった。また、リュッペルや、彼のフランクフルトの同僚たちが望んだ博物館のあり方もまた、パリやロンドンのケースとは趣を異にするものだった。では、そうした要素をどう読み解くことができるのだろうか? 本報告では、「都市」そして「都市同士の競争意識」という要素を取り入れてみることで、新しい切り口の可能性を探りたい。

*次回は7月28日(土)、中村晋也氏によるご報告の予定です。



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