第232回「歴史と人間」研究会

日時: 2015年2月21日(土)14時より *土曜日ですので、ご注意ください。

場所: 一橋大学西キャンパス職員集会所
(キャンパス地図7番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/index.html

報告: 瀬尾 文子氏
タイトル: 「メンデルスゾーン《エリヤ》のドラマ性とは――19世紀オラトリオ論との関係から」

要旨:
 メンデルスゾーン(Felix Mendelssohn-Bartholdy)の二作目のオラトリオ《エリヤ》(1846年初演)は一般に、前作《パウロ》(1836年初演)がリリックな性格に勝っていたのに対し、ドラマチックな性格が前面に出た作品とされている。本報告は、この作風の変化を19世紀前半に音楽関連の活字メディア上で盛んだった「オラトリオとは何か」の議論と関連づけ、そこから新たな作品解釈の可能性の一つを提案する。
 ドイツ語圏での市民オラトリオ・ブームを受けて「オラトリオ」を定義し直そうとした論者の多くは、その本質を(従来考えられていたように)エポスでもリリシズムでもなく、ドラマに見た。と同時に、オペラとの違い、すなわち視覚的な演出の欠如に着目し、想像力を必要とするこのジャンルの精神レベルの高さを強調した。彼らはオラトリオに、物語世界が聴衆にとっての「現実」となるようなドラマ性を求める。そのため台本には、生き生きとした対話と筋の統一が肝要とされる。ただし、この種のオラトリオには弱点もあった。聖なる存在の具象化の問題である。不完全な人間が神を演じる際の危険をいかに回避しつつ、ドラマの虚構を築くかが大きな課題とされる。
 メンデルスゾーンの《エリヤ》のドラマ性は、こうした論点にいかに対処したものであるか。台本協力者シュープリンクとの往復書簡から、彼独自のドラマ性の概念が浮かび上がってくる。その特徴は第一に、客観的・批判的判断による物語の整合性よりも、間を置かない対話や意見の衝突から生まれるドラマの内的な力を優先した点、第二に、通常はドラマチックとは対置されるリリックな要素をも重視した点である。後者は、オラトリオの教義的な意味を重んじる神学者シュープリンクの意を汲んだ結果であると同時に、メンデルスゾーンの強い芸術的意図を表している。彼が求めた省察的な聖句は、《エリヤ》を貫く――そしてドラマの内的推進力となる――根本主題を成すものだからである。その主題とは「見えざる神の接近」である。この作品では、神は(声を含めて)いっさい具象化されず、「気配」のみが伝えられる。さらにこの主題は、作曲家が構想していた三作目《キリスト》(未完)を予告するものでもあった。
 

* 次回は3月15日(日)、長谷川貴彦氏によるご報告の予定です。



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