第221回「歴史と人間」研究会

日時: 2014年1月25日(土)14時より

場所: 一橋大学西キャンパス佐野書院小会議室
(キャンパス地図23番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/
*国立駅南口から大学通りを南下し、西キャンパス正門も通り過ぎて、最初の角を右折したところが佐野書院です。

報告: 岩下 誠氏
タイトル: 「国民協会の設立過程―19世紀初頭イングランドにおけるヴォランタリズムと公教育」

要旨:
 「国教会の教義に基づいて貧民教育を促進するための国民協会」は、1811年にイングランド国教徒によって設立された任意団体である。この国民協会は、非国教徒を中心として1808年に設立された王立ランカスター協会(後の内外学校協会)とともに、19世紀を通じてイングランドにおける公教育制度の相当部分を担い続けた。
 国民協会の設立という事態は、少なくとも次の二つの点において、単に教育史というだけではなく、イギリス史上においても重要である。第一に、国民協会は19世紀末に至るまで、民衆教育を供給する最大のエージェントであり、イングランド民衆教育史において主要なアクターであり続けた。この教育領域におけるヴォランタリズムは、国家介入による公教育制度の整備と対比され、宗派主義の残存と公教育制度の阻害要因として理解されてきた。しかし近年福祉複合体論などによって福祉領域におけるヴォランタリズム評価の再審が進んでいる事態を考慮するならば、国民協会の設立を単なる宗派主義の残存と見なすわけにはいかない。国民協会の設立は、18世紀末から1830年代にいたる期間において漸次的に進行した道徳・制度改革の一部をなしており、その検討を通じて、国家、教会、市民社会相互の関係性の変容を明らかにする有力な手がかりとなりうる。
 第二に、国民協会の設立過程を検討することによって、民衆教育における保守派の役割を明らかにすることができる。公教育制度の発展を中産階級急進主義者と教育要求を持つ労働者階級との葛藤として理解するマルクス主義の枠組みに影響されるかたちで、民衆教育における保守派の重要性はしばしば軽視されてきた。しかし、とりわけ国教徒を中心とした保守派の存在は、イングランド公教育史、ひいては同時代の制度・道徳改革を理解する上で欠かせない論点である。もっとも、国民協会に結集した保守派は、決して一枚岩の存在ではなかった。国民協会の主流派が超保守派=高教会派であったことは確かだが、高教会派の意向がそのまま国民協会の性格を全面的に規定したわけではない。国教会が高教会派の牙城であった既存の任意団体「キリスト教知識普及協会」とは別に、新たに教育振興任意団体を設立しなければならなかったという事実は、単純な保守反動という従来の解釈ではなく、国教徒内部の対立・葛藤・調整の結果として国民協会の設立を解釈しなければならないという視点を要請している。
 そこで、本報告ではこれまで解明されてこなかった1811年10月の国民協会の設立以前における国教徒たちの葛藤に主たる焦点を当てつつ、国民協会設立に関する新たな解釈を提示する。具体的には、通説が論じるように国民協会が高教会派のイニシアティヴによって設立されたのではなく、むしろ高教会派の計画が挫折し、批判と調整を受ける中で国民協会が新たに設立されたということを、複数の史料から示したい。さらに、こうした「挫折した高教会派のプラン」を念頭に置いた場合、国民協会の設立に対する従来の教育史のスタンダードな解釈が修正されるべきであることを示し、あわせて同時代のアイルランド公教育改革との比較も視野に入れながら、名誉革命体制から19世紀自由主義国家への転換とヴォランタリズムという、より広い歴史的文脈へと議論を接続していくことを試みたい。

* 次回は2月16日(日)、川亜紀子氏によるご報告の予定です。


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