第217回「歴史と人間」研究会

 日時: 2013年9月14日(土)14時より *通常とは異なり、土曜日の開催ですので、ご注意ください。

場所: 一橋大学西キャンパス本館特別応接室 *会場も通常とは異なりますので、ご注意ください。
(キャンパス地図8番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/campus/campus/

報告: 兼子 歩氏
タイトル: 「ダンスホールのポリティクス――戦間期ニューヨークにおける商業娯楽施設とセクシュアリティ・ジェンダー・人種の再編」

要旨:
 いわゆる「性の革命」以前から、20世紀のアメリカ社会においては19世紀末までのヴィクトリア文化的なセクシュアリティの抑圧からの解放が進んだとされてきた。デートが若い男女の交際の形式として普及し、20世紀半ばには夫婦間に限ってではあるが性的充足は必要欠くべからざるものとされるようになった。従来の叙述は、この「解放」を工業化や都市化(=「近代化」)に由来するものであるとしていたが、現実には性的な機会の拡大には抵抗も激しかった。だとすれば、どのような状況において、いかなる過程を経てある種の性的な接触や行為が許容されるようになったのかを歴史的に明らかにすることが求められるだろう。
 近年の研究は、セクシュアリティにおけるある種の自由の拡大や欲望の肯定が別の欲望や自由の可能性の否定を通じてなされてきたことを明らかにしてきた。たとえば、1950年代の性医学における女性オーガズム言説は、異性愛主義からの逸脱の可能性を排除する機能を果たしていた。また、セクシュアリティやジェンダーは常に社会を構成する他の要素――人種・エスニシティや階級など――との関係において意味をなしてきたことも、多くの研究が指摘してきた。奴隷制廃止後の南部社会において「黒人男性が白人女性を強姦している」という語りが、実際の性犯罪急増の根拠もなく流通することによって、白人世帯主男性が白人女性の社会進出を封じ込め、白人男性間の人種とジェンダーに基づいた階級縦断的連帯を促したこと(そしてそれによって、農民運動や労働運動が挫折したこと)は、その最たる例である。
 本報告では、アメリカ文化の変容期である20世紀前半、特に戦間期に焦点を当て、当時の都市におけるセクシュアリティ規範がどのように変化したのかを検討する。その検討の対象として、1910年ごろより都市部で盛んになった商業娯楽施設、特にニューヨークの商業的ダンスホールをとりあげる。
 1910年代に登場した商業ダンスホールは、入場料を支払うことで誰もが参加できる公的空間であるという点で、従来の地元コミュニティが主催し監視するダンスの催しとは異なっていた。とりわけ、工業化の中で職と賃金収入を得た若い労働者階級・中産階級の女性が家族の監督下を離れてダンスホールで異性との交流をもつことは、中産階級を中心とした道徳改革者たちの憂慮の的であり、ダンスホールは若い女性の売春婦化を促進する施設として非難された。しかし1920年代になると、男女の交流の空間としての商業ダンスホールを容認しようとする動きが、都市の道徳を改革しようとする市民活動家のあいだからも現れる。いったいどのような論理によってダンスホールでの男女の交際は容認されたのか。その論理によって否定・排除・周縁化されたものはなんだったのか。これを明らかにすることで、アメリカ性秩序のあり方の変容の歴史的意味を考えたい。特に注目すべきは、急速に多人種・多民族・多文化的社会へと変容する20世紀初頭のニューヨークという都市空間との関係であり、「人種」がこうした議論においてどのような意味を果たしていたのかという点である。とりわけ、少数ながら可視的な存在となっていた、中国系をはじめとするアジア系移民男性労働者の論じられ方に着目したい。


* 次回は10月27日(日)、前田更子氏によるご報告の予定です。



S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< August 2019 >>

とは?

研究会の概要、これまでの例会

今後の例会

<2019年>
7月13日    森 宜人氏
10月     大下 理世氏

出版記録

画像をクリックすると、詳細情報がご覧になれます。

リンク

過去の記事

ブログ内検索

その他