第263回「歴史と人間」研究会

日時: 2018年10月27日(土)14時より *土曜日ですのでご注意ください。

場所: 一橋大学国立東キャンパス第3研究館3階共用会議室 ※通常とは異なりますのでご注意ください。
 (キャンパス地図39番 http://www.hit-u.ac.jp/guide/ campus/campus/index.html

報告: 東風谷 太一氏

タイトル: 「ビールによって生きること――19世紀前半ミュンヒェンの醸造業と民衆」

 

要旨: 

 本報告は、1844年にバイエルン王国の王都ミュンヒェンで起きた「ビール騒擾」の背景を考察する。先行研究ではこの事件は、「18世紀イギリスの食糧暴動のような、『公正な価格』をめぐる前工業化時代の民衆蜂起」の一種と位置づけられてきた (W. Behringer, Die Spaten-Brauerei, 1397-1997. Die Geschichte eines Münchner Unternehmers vom Mittelalter bis zur Gegenwart, München 1997, p.176)。
確かにドイツ地域の19世紀前半とは「大衆的貧窮」と呼ばれる経済不況の中、各地で食糧騒擾が頻発した時期である。そして、バイエルンに限らずともビールは広範な社会階層の人々から「食糧」と受け止められており、事件の前後にミュンヒェンではビール価格が大幅に上昇していたことも確認できる。ところが、あらためて事件を整理してみると、群衆がビール醸造所ばかりを集中的に襲撃したという選択性の要因が明らかにされていないことがわかる。
当時価格が高騰していたのはパンや穀物も同様だったのにパン屋や穀物商はほとんど騒擾の標的とはならず、他方、醸造所同様にビールを扱う酒場についても、ほぼ被害を蒙らなかったのはなぜか。パン同様にビールも価格公定制度の対象であり、ビール価格を一切操作しえなかったという点では酒場も醸造所も変わらなかった――しかも酒場の方がビールを高く販売していたにもかかわらず、醸造所だけが過激な破壊行為の対象となったのはなぜか。本報告ではこうした問いに、都市においてビールを飲むことの意味とビールを造ることの意味というふたつの側面からの考察を通じて応答を試みる。そこから見えてくるのは、近代私有制と市場経済の浸透に伴う都市・醸造業・民衆三者間の社会文化的関係性の具体的な変容過程である。用いる史料は、主にバイエルン王国内務省の警察・裁判資料、ミュンヒェンの営業関係資料および同時代新聞等とする。

 

* 次回は11月17日(土)、田村俊行氏によるご報告の予定です。詳細が決まり次第、改めてご案内申し上げます。



S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>

とは?

研究会の概要、これまでの例会

今後の例会

<2018年>
11月17日 田村俊行氏
12月16日 シンポジウム・忘年会
3月    見市雅俊氏

出版記録

画像をクリックすると、詳細情報がご覧になれます。

リンク

過去の記事

ブログ内検索

その他